でーじ近いその2

沖縄の山賊を探して

県外の人におすすめの店は「山賊」で合ってますか

沖縄でも県外から来た人に「オススメの店を教えて欲しい」と言われることは多々あるわけですが、山口県では県外の方に勧める鉄板スポットに「山賊」という店があるという話を小耳に挟みました。

どんな店なのだろう、と調べてみて驚きました。なんでしょうかこのアトラクション感。確かにこれは行ってみたいです。聞くところによれば県外から来られた方の接待にもよく使われているそうですね。

そしてこの山賊の定番メニューが若鶏を豪快に炭火で焼き上げた「山賊焼き」、でかいおむすび「山賊むずび」だそうですね。これはまた豪快です。すごいぞ山口県。

沖縄にも山賊がいたから「でーじ近い」

さて、このサイトは山口県と沖縄県の近さを検証するサイト。実は沖縄県にも山賊が出没したという伝承があるのです。

やってきたのは恩納村の「多幸山のフェーレー岩」という史跡です。

なんでもこの岩のあたりにフェーレー(山賊)が出没したためにフェーレー岩という名前になったのだそうです。知られざる山口県と沖縄県の意外な山賊繋がり。ほらほら、だんだん山口県と沖縄県が近づいてきました。でーじ近い。たぶん。

…まぁ、沖縄県の方はただの岩山なので食事ができるわけではありませんし、接待にもたぶん使えません。

いや。山口県の皆様、もう少しだけ待ってください。確かに沖縄県のフェーレー岩の方は何にもないですけど、このあたりに山賊が出没したということは「山賊焼き」だって「山賊むすび」だってきっと存在したに違いないのです。というわけでこのフェーレー岩を足がかりに沖縄の「山賊焼き」と「山賊むすび」を見つけてみたいと思います。

フェーレーについてもっと詳しく情報を集めよう

山口県の山賊に近づけるために、とりあえずまずは情報収集からはじめたいと思います。

というわけで村内にある恩納村博物館にやってきました。

フェーレー岩のことを知りたい、ということでお話を伺うのは恩納村教育委員会の文化財担当、崎原恒寿さんです。さっそくお話をおうかがいしていきましょう。

- まずはフェーレー岩についての伝承を教えてください。

はい。「多幸山のフェーレー岩」ですが恩納村には琉球王府時代に国の政策として整備された道がのこっています。フェーレー岩はその道沿いにありまして、フェーレーがよく出没する場所なので、「フェーレー岩」と名付けられたといわれています。ちなみに多幸山ですが、その当時の生活で建物の屋根を葺くのも茅葺きですのでその材料になる竹、木材、あとは食べ物など色々なものが入るというので幸の多い山と地域の人が名付けているんです。

- フェーレーはどんな悪さをしていたのですか?

昔の沖縄では荷物を頭の上に乗せて運んでいたのですが、フェーレーは岩の上から棒の先にひっかき棒をつけたものを使って荷物を引っかけて盗んでいたという伝承が伝わっています。

- 山賊にしてはやっていることが小さいですね。

「フェーレー」というのがもともと沖縄の方言で「追いはぎ」という意味なんです。山賊と思われがちなんですが、基本的に人を傷つけたりするわけではなくて荷物を奪うということですね。なのでちょっと「山賊」とはニュアンスが異なるかもしれませんね。

 

…ここにきて割と致命的な事実が判明いたしました。「フェーレーは山賊ではなく、正確には追いはぎである」ということです。ここまで意気揚々と山口県と沖縄県の山賊繋がりをご説明してきましたが、暗雲が立ちこめてきました。

いや、でも追いはぎって山賊に含まれるんじゃないかと思うんですよ。スーパーでいったらアルクとマルキュウみたいなものじゃないでしょうか。心にかかる暗雲を振り払いつつ、山賊焼きと山賊むすびのヒントになりそうなお話をうかがいます。

 

- 当時のフェーレーが何を食べていた、みたいなことも伝わっているのでしょうか

そういった話は伝わっていないですね。

- では質問を変えまして、その当時の庶民の食生活についてお聞きしてよいでしょうか

当時の記録では基本、芋類を主食にしていたと思われています。芋類を主食にしてあとは野菜類ですね。あとはお正月などのハレの日に豚をつぶして食べる、そういう暮らしだったと思われます。

- 鶏肉なんかも食べられていたりしたんでしょうか。

鶏肉は…食べられていたと思うんですが、この地域で食べられていたかというのは分からないですね。

- 恩納村は海が近いと思うのですが海産物などは食べられていなかったのでしょうか

海産物も食べられていたと思います。ただ、当時の制作として琉球王国は農作物に力をいれているんですよ。ですので、基本畑を耕しなさいと。これも言い伝えなのですが、海で生計をたてるものは怠け者だと。畑で生計をたてるものが働き者だとと伝わっているところもありますね。

- なるほど。なんだかイメージがわいてきました!ありがとうございます。

はい。がんばってください。

沖縄における「山賊焼き」と「山賊むすび」はきっとこれだ

さて、恩納村博物館でうかがった話をまとめてみます。

・当時の主食は芋である
・肉類は豚肉。
・フェーレーはそもそも山賊じゃなく追いはぎ

まとめてみると「フェーレーは山賊でなく、追いはぎ」という事実が重くのしかかりますが、とりあえず目をつぶります。

スーパーで買ってきました

そしてうかがった話から導きだせる「山賊焼き」と「山賊むすび」を皆様にお目にかけたいと思います。

まずは山口県ではでかいおにぎりだった「山賊むすび」ですが沖縄県では…

焼き芋。

芋です。

当時米を作っていた地域もあったそうなのですが、主食は芋メインということできっとフェーレーもおにぎり感覚で芋を食べていたに違いないのです。

そして山口県では鶏肉を焼いた「山賊焼き」ですが沖縄県では…

たぶん豚肉です。

当時だと豚肉はめったに口にできないご馳走的な位置づけだったらしいので、豚肉が食べられるくらいの生活だったら追いはぎなんてしないような気もしますが、他に焼けそうなものが見つからなかったので豚肉ということにしておいてください。こちらはスーパーで買ってきた「スーチカー」という豚肉の塩漬け(ボイル済み)です。

これを直火で炙れば山賊焼きの完成です。

山賊焼きと山賊むすび

山口県の皆様いかがでしょうか。「山口県にも沖縄県にも山賊(沖縄は追いはぎ)があって、山賊焼きも山賊むすびも再現できる」…これは山口県と沖縄県がでーじ近いことにならないでしょうか。…なりませんか?そうですか。

歴史好きの山口県の皆様にぜひ

以上、ロジカルかつ強引大胆に、山口県と沖縄県の近さについて山賊つながりでご紹介いたしました。フェーレー岩のある「歴史の道」は文化庁の「歴史の道百選」にも選ばれており、一里塚だったり唐人の墓碑だったりといった様々な史跡が点在しています。海をみたり、おいしいものを食べたりという観光もよいですが、琉球王朝時代の史跡を巡りつつ当時の生活に思いを馳せてみる、みたいな旅もよいかもしれません。

どうですか?山口と沖縄は近くなりましたか?